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ラファエロ イケメンの風貌の下に隠された肉食系男子のキャラクター

ラファエロといえば、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと並ぶイタリア・ルネサンスを代表する画家。
美男で才能もあったラファエロは、イケメンな風貌とは裏腹に情熱的な恋人とのエピソードや相手に感情をぶつけてしまった逸話をご紹介します。

ラファエロ、イタリア・ルネサンスを代表する優美な画風


ラファエロといえば、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと並ぶイタリア・ルネサンスの顔といってよいでしょう。
レオナルドやミケランジェロの作品は、我々日本人から見ると色遣いや人物の表情に違和感を覚えます。初めて見る人には「ちょっと怖い」と思わせるなにかがあるのです。それに対しラファエロの作品は色遣いが優しく、とくにその優美な女性像は西洋美術に疎い人も素直に「美しい」と思えるのではないでしょうか。実際、レオナルドやミケランジェロが描く女性像は中世的で女性らしさを感じないものが多いのに対し、ラファエロは男性を描かせても優美でした。ラファエロに自らの肖像画を依頼した当時の貴族や法王たちは、肖像画に嘘がないのにもかかわらず、肯定的に優雅に描かれている我が肖像画を見て満足したに違いありません。

自画像が語るラファエロの画家としての容貌

そのラファエロの自画像が、フィレンツェのウフィッツィ美術館に残っています。
色白で優しい顔立ちの美男で、彼の作風とその雰囲気がマッチすることから女性ファンが多いのもうなずけるのです。ミケランジェロがやたらにけんかっ早く同業者やパトロンたちともめ事が絶えなかったのに対し、ラファエロは友人にもパトロンにも愛されたといわれています。

イケメンのラファエロ、美しい恋人とその謎

美男で才能もあったラファエロは、女性に大変モテました。
伝説によると、ラファエロはローマの下町に住むパン屋の娘を熱烈に愛し、数々の作品に彼女の姿を描いたと伝えられています。「パン屋の娘」を意味する「フォルナリーナ」という作品が、ローマのバルベリーニ宮殿に残っています。乳房をむき出しにした半裸の女性の腕輪には、「ウルビーノのラファエロ (RAPHAEL VRBINAS ) 」の文字が残り、ラファエロの愛の深さを示すものだと主張する学者もいます。また、美しい女性像として有名な「ベールの女」(フィレンツェのピッティ美術館所蔵)も、その恋人がモデルと言われています。
「パン屋の娘」の本名はマルゲリータ・リューティ。テヴェレ川沿いにある自宅の二階から身を乗り出した清らかなマルゲリータの姿にラファエロが一目惚れした、というのが伝説の内容です。まさに美男美女の恋愛ドラマであり、ラファエロが37才で才能を惜しまれながら早世する悲劇も手伝い、この美しい恋物語は後世の詩人たちにも謳われたのです。

ところが、芸術家で美術史家であったジョルジオ・ヴァザーリはまったく別の二人の出会いを書き残しています。ラファエロはテヴェレ川で全裸で水浴をしていたマルゲリータの魅惑的な肉体に惚れ込み、恋人にしてしまったというのです。

意外と感情的な一面も、ラファエロのエピソード


ヴァザーリはさらに、穏やかな性格であったというラファエロ像を覆す騒動も書き残しています。
1514年、ラファエロは法王庁御用達の銀行家アゴスティーノ・キージの依頼で、キージ所有の小宮殿(現在のファルネジーナ宮殿)に、フレスコ画を描いていました。テーマはギリシア神話をモチーフにした「ガラテアの勝利」。このガラテアのモデルとして、ラファエロは自分の恋人を同伴しました。ところが依頼主のキージは、これまた彼自身の愛人であった高級遊女インペリアをモデルにすることを主張し、怒ったラファエロは筆を投げつけて現場をあとにしたといいます。
ラファエロの恋は甘く清らかであるどころか、暴力的なほど情熱的で周りを巻き込むほどであった、というのがヴァザーリの伝えるところ。そして、マルゲリータの容姿も古代イスラエル王ダヴィデを誘惑したバテシバのように肉感的であったのだとか。

天才画家ラファエロ 37才の早すぎる若い死

実はラファエロの恋人の実像は、謎のまま現在に至っています。
美術史家や古文書学者は、それこそ目を皿のようにしてマルゲリータ・リューティの実像を追い続けてきました。ローマのナヴォーナ広場の近くには、「ラファエロが、心から愛した恋人を住まわせていた家」という碑文まで残っていますが、これも伝説の域を出ていません。
1520年4月6日、ラファエロは死去します。彼は自らの誕生日に死んだというエピソードの持ち主でもあります。死因は「15日間続いた高熱」ですが、伝説では度を超した性愛にあったなどとも言われています。享年37才。若すぎる死を嘆き、当時の法王レオーネ十世はその遺体をパンテオンに葬ることを決定しました。詩人ピエトロ・ベンボによる碑文には「ラファエロ、ここに眠る。その生前は、自然でさえもかの才能にひれ伏し畏れおののき、その死は自然も死をともにするのかと恐れさせる」と記されています。
遺作となったのは、現在はヴァティカン美術館に残る「キリストの変容」。ラファエロはこの作品への思い入れが深かったのか、病室の壁に「キリストの変容」をかけていたのだそうです。未完成であった作品下部は、弟子のジューリオ・ロマーノが完成させました。

そしてくだんの恋人マルゲリータ・リューティは、ラファエロの死から4ヶ月後の1520年8月18日付で、自宅に近いサンタポッリーナ修道院に入ったことが古文書で裏付けられています。
伝説と美しい女性像と謎だけを残して、若きラファエロは今もパンテオンに眠っています。

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