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現代芸術を生んだ奇跡のリンゴ ポール・セザンヌ「リンゴとオレンジのある静物」

「リンゴひとつでパリを驚かせてみせる」。
田舎のアトリエに閉じこもり絵を描き続けたセザンヌは、自分の静物画への自信をそう語ったといいます。
結果はどうだったかというと、彼の描いたリンゴは、パリどころか世界中を驚かせることになりました。
これは、美術史上もっとも存在感のあるリンゴの話です。

「リンゴひとつでパリを驚かせてみせる」。
田舎のアトリエに閉じこもり絵を描き続けたセザンヌは、自分の静物画への自信をそう語ったといいます。
結果はどうだったかというと、彼の描いたリンゴは、パリどころか世界中を驚かせることになりました。
これは、美術史上もっとも存在感のあるリンゴの話です。

セザンヌは晩年まで忘れられた無名の画家だった?!

ポール・セザンヌ


ポール・セザンヌは、モネ、ルノワール、ドガなど、日本でも人気が高い「印象派」の一人、ということになっています。実際、彼は10年余り、パリで印象派と行動をともにしました。特にカミーユ・ピサロとは親友といっていい間柄で、絵画的にも大きな影響を受けました。(ピサロは地味な画家と思われがちですが、印象派の隠れたキーマンでした。)が、印象派が世間に認められた1980年代には、セザンヌはパリを離脱し故郷のエクスに閉じこもっていたのです。モネやルノワールのような華やかな画風でもないセザンヌは、50歳を超えても一般にはほとんど無名の画家でした。

ゴーギャンやゴッホが絶賛!「現代絵画の父」と呼ばれるように…

そんな状況が変わったのは、1995年にパリで開かれた個展。
批評家からは嘲笑を浴びましたが、この展覧会をきっかけに多くの画家たちが、「セザンヌは凄い!」といっぺんに参ってしまったのです。少し後輩にあたるゴーギャンやゴッホ、それにドニ、ボナール、マティス、ブラックなどの若手画家。ポスト印象派、ナビ派、フォービズム、キュビズムなど、のちに現代絵画に大きなうねりを起こすことになる気鋭の画家たちが、こぞってセザンヌを「心の師匠」「完璧なお手本」と呼びました。
さて、それはなぜだったのでしょうか。

「リンゴとオレンジのある静物」にさりげなく仕込まれた多視点

ポール・セザンヌ『リンゴとオレンジのある静物』1895-1900年


セザンヌの代表的な静物画「リンゴとオレンジのある静物」を見てみましょう。
描かれているのはリンゴとオレンジと食器と布。とてもシンプルな絵に見えますが、実はいろいろ革新的な工夫がされています。
その最たるものは、「多視点」。
画面に描かれた3つの食器をよく見てください。どれも少しだけ見え方がおかしいに気づくと思います。とくに真ん中の柄つきの食器は、柄と皿の関係が歪んでいるうえ、皿の部分だけ少し上向きになりすぎてるように見えます。これは、皿の上の果物をより鮮やかに描くための工夫でした。この絵にはごくさりげなく、別の角度、別の視点から見た物たちが混在しているのです。これを見たジョルジュ・ブラックは衝撃を受け、ピカソとともに、物を多視点から描く技法をつきつめた「キュビズム」を始めることになるのです。

セザンヌの静物画を採点した画家 福田美蘭

このセザンヌの独特の技法を、びっくりするようなやり方で解説してみせた日本のアーティストがいます。名前は福田美蘭。
「もし「リンゴとオレンジのある静物」が無名の美学生の作品で、平凡な美術教師が採点したら」という絵を作ってしまったのです。絵の中の事物がいかに歪んでいて不安定かを指摘して、「総評:視点がバラバラです 評価B+」と、絵の中に書き込んでしまっています。まさに神をもおそれぬ所業。しかしこの美術教師をよそおった書き込みが、逆説的に、セザンヌの静物画がいかにギリギリの工夫に満ちているか、その傑作たるゆえんをわかりやすく表現することになっているのです。

セザンヌは目指す 全てはリンゴを美しく描くために…

ポール・セザンヌ『リンゴの籠のある静物』1890-94年


セザンヌが絵の中に、現実ならありえない多視点を作り食器を歪ませたのはなぜでしょうか。全ては、画面のちょうど真ん中にある一個のリンゴの存在感を描くため。
中央のリンゴの左側には同じリンゴの列がつらなり、上方にはオレンジがあり、右側には熟れていない果実が並び、そして下方は白いテーブルクロス。このリンゴを軸に、四方に違う彩りを持つ、別のものが置かれています。
そして注目してほしいのですが、この中央のリンゴほど、一目でリンゴだとわかる描き方をされている果実は一つもないのです。
一個のリンゴを描くために画面構成を考え抜く意識が、モネなどの初期印象派とセザンヌの決定的な違いでした。

セザンヌが静物画を現代まで生かした

もしセザンヌがいなければ……そう考えることにあまり意味はないかもしれません。
しかしもしセザンヌがいなければ、「いまほど静物画をいろいろな画家が描くようにはなっていなかったろう」ということです。
セザンヌが静物画のポテンシャルをあらためて示すまで、静物画は長いことマイナーな題材でした。しかしセザンヌ以降、現代画家たちはそれぞれ個性を生かした静物画を描くようになります。
たとえば二十世紀最高の画家のひとり、のこの一枚。
こうやって見ると、マティスの中にいかにセザンヌの影響が残っているか、よくわかります。絵を描くとはキャンバスの中に構成を作ることだ、というセザンヌの思想は、彼が亡くなって100年以上たった現在でも、多くのアーティストに影響を与え続けています。

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