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夏といえば怪談! 「番町皿屋敷」をめぐる幽霊画あれこれ

日本人は昔から幽霊が大好きなようです。江戸時代にも、幽霊や亡霊を描いた絵、いわゆる「幽霊画」がたくさん描かれました。
今回は、有名な怪談「番町皿屋敷」についてご紹介しながら、それを描いた幽霊画をいくつかご紹介しましょう。

日本人は昔から幽霊が大好きなようです。江戸時代にも、幽霊や亡霊を描いた絵、いわゆる「幽霊画」がたくさん描かれました。
今回は、有名な怪談「番町皿屋敷」についてご紹介しながら、それを描いた幽霊画をいくつかご紹介しましょう。

「お皿が1枚、お皿が2枚……」番町皿屋敷とは、こんな話


江戸時代、東京のいまでいう牛込あたりに、青山主膳という旗本が屋敷を構えていました。主膳は10枚揃いの皿をとても大事にしていたのですが、ある時、お菊という若い下女がその皿の1枚を割ってしまいます。
激怒した主膳はお菊の中指を切り落とし、部屋に監禁してしまいました。やがて、部屋を抜け出したお菊は井戸に身を投げて死んでしまいます。やがて、夜な夜な井戸から、「一つ……二つ……」と皿を数える不気味な女の声が聞こえるように……。青山主膳には不幸が続き、屋敷も没収されてしまうことになります。
その後もお菊の声はやまず、9枚まで数えては悲しげに消えてゆくことが続きます。しかしとある偉いお坊さんが、お菊が「九つ……」と言ったあと、すかさず「十……」とつけくわえると、「あれうれしや」という声がして、幽霊はそれきり出なくなったのでした。

今も昔も大人気、怪談話「番町皿屋敷」

井戸<イメージ>


近年の研究によると青山主膳のモデルになるような旗本は実在していなかったそうで、番町皿屋敷はほぼ創作だろうといわれています。が、井戸から皿を数える声が聞こえるという秀逸な設定と、お菊が美人だったという噂から、この怪談は江戸時代に大流行しました。誰がいったか日本三大幽霊というものがあり、その1人にも選ばれています(残り2つは四谷怪談のお岩、牡丹燈籠のお露です)。

落語ではアイドルになったお菊さん

古典落語にも「お菊の皿」という、番町皿屋敷を元ネタにした演目があります。
物好きな男たちが、とても美人だというお菊を見に行きます。お菊が皿を9枚まで数えるのを聞くと死ぬといわれているので、ぎりぎりまで粘って美貌を堪能して帰ってきます。

そのスリルがたまらないと真似する奴が増え、やがて露店が出て興行になり、お菊は幽霊のままスターになってゆく……。
馬鹿馬鹿しくもたくましい庶民の気風と、怪談がエンターテインメントであったことがうかがえる話になっています。

これは美人だ! 月岡芳年が描くお菊

月岡芳年 1839-1892 (瀬木慎一編『月岡芳年画集』講談社) [Public domain], via Wikimedia Commons


大人気のお菊さんは、幽霊画にもそれはたくさん描かれています。中でももっとも有名なもののひとつが、幕末の絵師、月岡芳年が描いた1枚。明治維新の動乱が近づき浮世絵が衰退するなか、「最後の浮世絵師」といわれた彼は、さまざまな題材の浮世絵を描きましたが、中でも残酷な絵や幽霊画を得意とし「血まみれ芳年」と呼ばれました。

月岡芳年が描く「お菊さん」は血まみれどころか、楚々たる風情を身にまとったまごうことなき美女。
なるほど、これなら落語の中でアイドル化するのも無理はない、と思わせます。美人お菊の代表的な絵といえるでしょう。

こちらはこわーい祇園井特のお菊さん

祇園井特は京都で肉筆美人画をおもに描いていた画家。モデルの欠点も容赦なく描く画家として知られていました。
そんな井特が描いたお菊さんは、芳年のお菊さんとは好対照。井戸から出てきたら悲鳴をあげる他ない不気味な幽霊。このお菊さんは、絶対にアイドルにはなりませんね。
これぞ本来の幽霊画というべきなのかもしれません。

歌川広重のお菊さんは、ちょっとユーモラス

歌川広重(または安藤広重)は、ヨーロッパにも大きな影響を与えた風景浮世絵の大家。東海道五十三次の絵はあまりにも有名です。

広重が描いたお菊さんは、「お菊と焼き接ぎ屋」と題されたユーモラスな絵。
皿を割ってしまったお菊さんが、焼き接ぎ屋という修理屋を呼び止めて、皿の直しを頼もうとしている場面。
幽霊画というより戯画というべきでしょうが、お菊さんがそれだけ江戸庶民に親しまれていた証拠の1枚です。

さすがの北斎 前衛的な表現のお菊さん

葛飾北斎「百物語・さらやしき」


最後は巨匠、葛飾北斎。「百物語」というシリーズのうちの1枚です。
これはまたなんともエッジの効いた表現のお菊さん。お皿を手に持って数えるのではなく、身体がお皿になっているという意表をついた造形で、このお菊さんはもはや幽霊ではなく妖怪に近いものになっているようです。

美人のお菊を描くのではなく、怖いお菊を描くのでもなく、なにか不気味なものとしてお菊をとらえているという意味で、葛飾北斎はやはり尋常じゃない発想の持ち主だということがよくわかります。

幽霊画は江戸浮世絵の大ジャンル

お菊さん1人とっても、これだけの画家がこれだけいろいろな描き方で描いています。
幽霊画は江戸の浮世絵師が好んで描いた大ジャンルのひとつ。調べて見てゆくと、色っぽい絵、怖い絵、おかしな絵と、実にいろんな絵に会うことができます。
ぜひ、興味をもってみてください。

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