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美術館デートではNGかも…、一人でこっそり見たほうが良い作品とは?

「恋人たち」という幸せそうなタイトルとは裏腹に、ルネ・マグリットが描く不思議な作品。
「なぜ二人の顔は布で隠されているのか?」キュレーターが作品の謎に迫ります。

「この絵はデートでは見たくない」、とある人から言われたことがあります。
たしかに、ルネ・マグリットの「恋人たち」には、恋人たちを不安にさせるような不穏さが漂っています。
布で顔を包んで接吻している男女の絵は、どういう人が、どんな発想で描いた絵なのでしょうか。

常識的な視覚を裏切ってみせる画家、マグリット

ルネ・マグリットは1898年生まれのベルギーの画家です。20世紀初頭、フランスを中心に展開された現代的な芸術運動、シュールレアリスムの代表的な画家の一人とされています。
マグリットの絵の特徴は、リアルに細密に描かれた人や物や風景を突拍子もないやり方で組み合わせて、摩訶不思議な光景を作り上げることです。たとえば空は昼間の青空なのに、その下にある家は夜だったり。無造作に地面に置いてある靴のつま先が、裸の足に変貌していたり。

現代のアートに大きな影響を与えた


そんなふうに私たちが見慣れている日常的な視覚の中に、異物を滑り込ませてゆくのです。
その鮮やかで異様な絵の世界は、現代のポップアートに大きな影響を与えました。
たとえばビートルズのレコード会社「アップル・レコード」のロゴマークは、マグリットの絵をもとにしたといわれています。

なぜ?「顔を隠す」ということ

マグリットは「顔を隠す」ということに情熱を燃やし続けた画家でもありました。おそらく世界の美術史の中で、これほど様々なパターンで顔が隠れた絵を描いた画家はいないと思われます。たとえば代表作のひとつといわれる「人の子」。山高帽の男が、堤防らしき場所にすっと立っているだけの絵です。ただし、その顔の前に、青いリンゴがひとつ浮いていて、男の顔が隠れているのです。青いリンゴで顔が隠れている、ただそれだけのことなのに、その絵は見るものにおそろしい不安と違和感を与えるのです。

「顔」の謎解き、マグリットが体験した少年期の悲劇

マグリットが10代の頃、母親が入水自殺をしています。打ち上げられた母親の遺体をマグリットは見たのですが、その時、彼女が着ていたガウンが顔を覆い隠していたといいます。それが、生涯にわたるマグリットの「顔を隠す欲望」の原因となった……。ひろく語られている有名な説です。しかし本人は、頑なにその事件の影響を否定し続けました。彼は自分の絵を、あんまり意味のない、面白おかしく見てもらうのが目的の絵だと言い続け、謎解きもいっさいしませんでした。

なぜマグリットは顔を隠すのか


鑑賞者からひとつ言えることがあるとしたら、マグリットはおそらく、人はリンゴひとつや布一枚で、簡単に「普通の人」でなくなるのだ、ということを繰り返して描いているのだということです。人が他人から人として見られるということは、すなわち顔を見られているということなのです。
人は、お互いの顔が見えているからこそ、安心して恋に落ちられるのです。

「恋人たち」はやはり、一人で見るべき名画

「恋人たち」は、マグリットの初期の絵であり、彼の「顔を隠す絵」の原型のひとつともいえる作品です。
ここで熱烈なキスをしている二人は、布で顔が隠れているだけで全く幸せそうではなくなり、恋の光景は何かが剥奪された不安な光景に変わっています。
私たちの恋は、布二枚で悲惨な情景に変わる。そんなことをクールに、淡々とつきつけてくるこの絵、やはり考えれば考えるほど、恋愛中の二人がデートで見るのはおすすめできません。一人でこっそり見るのがおすすめです。

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