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ミュシャの人生を大きく変えた一枚のポスター 「ジスモンダ」

19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したアーティスト、アルフォンス・ミュシャには2つの顔があります。ひとつは、19世紀末のヨーロッパを席巻した芸術運動、アール・ヌーヴォーの旗手としての顔。そしてもうひとつは、故郷のチェコへ帰り、スラブ民族のルーツを壮大な絵画にしようと苦闘を続けた叙事詩的画家としての顔です。この記事では、一枚のポスターを中心に、前者の顔を取り上げてみましょう。

アール・ヌーヴォーは19世紀末に大流行

アール・ヌーヴォーは、19世紀末にブームとなったアートのスタイル。
工業製品や建築の飾りなどを中心に流行しました。アール・ヌーヴォーの最大の特徴は、曲線を極端に多用し、自然から取ってきたモチーフ(草や木や花、昆虫や鳥など)を積極的に使ったこと。近代の建築や工業デザインが、どんどん実用性一辺倒になってゆくことへのカウンターだったといってもいいでしょう。
そのアール・ヌーヴォーの旗手の一人と言われたのが、アルフォンス・ミュシャでした。

田舎生まれの地味なデザイナーだったミュシャ

アルフォンス・ミュシャは1860年生まれ。十代のころ絵を志した彼は、舞台美術の仕事などをしながらウィーンの夜間学校でデッサンを勉強。以降、幸運にも後援者を得て、ミュンヘンとパリで絵を学びます。

しかし美術家としてはいっこうに芽が出ませんでした。
当時のパリにはいくらでもいた、無名の芸術家であり無名のデザイナーにすぎませんでした。
しかしほとんど知られることのないまま、ミュシャは技術とセンスを黙々と磨き続けていたのです。

アルフォンス・ミュシャ 1928 年

不世出のスター女優、サラ・ベルナールとの縁

1994年、34歳の時、ミュシャは急ぎの仕事として1枚のポスターの発注を受けます。女優サラ・ベルナールの公演用ポスターでした。

サラ・ベルナールという女優が当時のパリでどれほどの人気と影響力を持っていたのか、現在では想像が難しいほどです。
「聖なる怪物」「黄金の声」と呼ばれた、世界初の国際的スター女優でした。
そのサラにかかわる仕事が、無名のミュシャの前にぽろりとこぼれてきたのです。まさに千載一遇。
ミュシャが全力で描き上げたのが、「ジスモンダ」のポスターでした。

一夜にしてアール・ヌーヴォーの旗手へ

「ジスモンダ」のポスターはパリの街角に飾られ、圧倒的好評を得ます。
実際に画像を見ても、素晴らしい出来栄えなのがよくわかります。衣装にびっしり描きこまれた繊細な文様の見事さ。棕櫚の葉を持ってすっと立つサラの姿勢の美しさ。

そしてのちにミュシャの代名詞のひとつとなった、上部の飾り文字の洒脱さとスマートさ。
「ジスモンダ」公演自体も成功し、サラ・ベルナールにとってアルフォンス・ミュシャは貴重な美術スタッフとなりました。
ミュシャの名声は一夜にして高まり、ポスターや挿絵やデザインの仕事がいっせいに押し寄せてきたのです。

《ジスモンダ》 1895 年 堺市

ミュシャが時代の寵児となった秘密は「髪」にあり

しかしなぜ、ミュシャはこれほどまでに、急激に人気を得たのでしょうか。
もちろん、黙々と磨いてきた彼の総合的実力がものを言ったのは間違いありませんが、当時他にもたくさんいたアール・ヌーヴォー系の絵描きの中で、ミュシャが抜きん出た理由のひとつが、「髪」といわれます。

ジスモンダのポスターのサラの髪を注目してください。
柔らかいピンクの花が黄金色の髪とやわらかく溶け合い、独特の華やかさを生んでいます。
髪と花を結びつけ、髪の持つ自然の曲線の魅力を描くこと。4年後の連作「四芸術」では、芸術を表す女性たちの髪はみな、花とごく自然に組み合わされながら、髪自体が植物や水流であるかのように流麗に渦巻き流れています。

髪をモチーフに、自然を表現するアール・ヌーヴォーの美の中に女性を組み入れてみせたこと。これがミュシャの発明であり、人気の秘密でした。

栄光に背を向け、郷土愛に還っていったミュシャ

ミュシャのアール・ヌーヴォー期は、約15年ほど続きます。
サラとの仕事はもちろん、他にもさまざまなポスター、挿絵を手がけ、宝飾品のデザインもやり、人気アーティストして八面六臂の活躍をしました。現在あらためて見直しても、ミュシャのデザインの趣味のよさとバランスのよさ、過剰ともいえる装飾性が嫌味にならないスマートさには驚かされます。

しかしミュシャ本人にとっては、アール・ヌーヴォー作家として見られるのは必ずしも本意でなかったようです。
経済的な心配がなくなった1910年、彼はパリを引き上げチェコに帰り、後半生をかけた大作「スラブ叙事詩」に取り掛かることになります。

「ミュシャ展」展覧会情報

国立新美術館


場所:国立新美術館 企画展示室2E(東京 六本木)
日程:2017年3月8日(水)〜6月5日(水)
開館時間:10時〜18時 金曜日は20時まで(入室は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日

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