
最後にたどり着いた技法・切り絵による作品「ジャズ」 アンリ・マティス
油絵の絵画が有名な画家・アンリ・マティス。彼が最後のたどり着いた表現技法は、切紙絵だったことはあまり知られていません。
身体の衰えから表現技法を変えざるを得なかったアンリ・マティスですが、色と線を追い求めた彼にとっての切り絵についてご紹介します。
「切り紙絵では色彩の中でデッサンすることができる」。
―切り絵について語ったアンリ・マティスの名言
「切り紙絵は、ジャズの精神と一致します。音楽はマティスに欠かせないものでした。切り紙はジャズ音楽に似ていたのです。」
―編集者であり画商のテリアードが残した言葉(1947年刊行マティスの挿絵本「ジャズ:」にて)
「色彩の魔術師」マティスがたどり着いた切り絵の表現

アンリ・マティス The Port of Palais, Belle-Ile
1896(引用:bestweb-link.net)
フランスの画家アンリ・マティス。
元々、彼はフォーヴィスム(野獣派)のリーダ-的存在でした。油絵で色彩豊かに踊るようにダイナミックに描かれた絵は非常に有名です。教科書で見た事がある人も多いかもしれません
今回ここでご紹介するのは、彼の油絵の表現ではありません。
彼が最後の最後に晩年になってたどり着いたのは、はさみで色彩を、切り絵を切り抜く事による即興的な表現でした。
それは彼の作品の中に新たな生き生きとした躍動感を、リズム感を、また、これまで以上に単純化され、洗練された色彩をもたらしました。
線の単純化、色彩の純化を追求した結果、切り絵に到達する。
マティスにとってはさみは鉛筆以上に素画に適した道具だったのである。『ジャズ』シリーズなど切り絵の作品を多数残している。
出典:アンリ・マティス Wikipedia
マティスが切り絵による即興性作品「ジャズ」を生み出した理由
マティスは油絵を長年描き続けましたが、体力が衰えた事をきっかけに表現が変わり、切り紙絵を始めます。
マティスは72歳の時、リヨンで十二指腸癌の大手術を受けた事がそもそものきっかけ。
手術は成功し奇跡的に回復を遂げます。しかしその代償に、マティスは一日の多くの時間をベットで過ごすようになりました。体力的に油絵の制作は諦めざるを得ませんでした。
そこで、その状態でも可能であり、以前構図を考える時に行った「切り紙絵」が始まりました。
「切り紙絵は色彩で描くことを可能にしてくれた。
輪郭線を引いてから中に色を置く代わりに、いきなり色彩で描くことができる」
(マティス)
これまでずっと長い間色と線を追求してきたマティスにとって、それは嬉しい驚きだったかもしれません。切り絵は、線を引くと同時に色を塗る(つくる)事が出来る方法だったのです。
マティス芸術の集大成!切り紙絵をモチーフに教会デザイン
晩年、マティスは、南仏ヴァンスのドミニコ会修道院ロザリオ礼拝堂の内装デザイン及び上祭服のデザインを担当しました。この礼拝堂はマティス芸術の集大成でありマティスの表現の中でも傑作とされています。
マティスが晩年、体の衰えを感じながらも新たにたどり着いたその美の境地は、教会の中で更に発展を遂げたのでした。
切り紙絵をモチーフにしたステンドグラス、そして白タイルの上に黒の単純なしかし大胆な線で描かれた聖母子像など、20世紀キリスト教美術の代表作と言われています。
大規模なアンリ・マティス展 日本で開催

アンリ・マティス La danse (first version)
1909(引用:bestweb-link.net)
2004年には、アンリ・マティスの没後50年を記念した回顧展が国立西洋美術館で開催されました。
日本初となる大規模な展覧会でした。
その作品はマティス初期の絵画から晩年までにわたるもので、制作作業を収めたドキュメンタリーフィルムも公開されたそうです。
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