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「美しい線」に生涯を賭けた激シブ日本画家、小林古径

前田青邨、安田靫彦とともに“日本美術院の三羽烏”の一人、日本画家の小林古径。新潟県上越市から生まれた小林古径が残した作品は、切手や美術館に収蔵され「名前は知らなくても、見たことある」ものばかり。彼が残した作品の魅力をご紹介します。

日本画一筋、ひたすら線描を追いもとめた求道者 小林古径

小林古径は、1883年(明治16年)に現在の新潟県上越市で生まれました。
幼少期に両親と兄を亡くし、13歳の時に妹と二人きりになってしまいます。そんな古径にとって、残された道は兄から習った絵だけでした。
16歳のとき上京、気鋭の日本画家梶田半古の画塾に入門。入門当初から頭角を現し、またたくまに俊英として知られるようになります。
前田青邨、安田靫彦とともに“日本美術院の三羽烏”と呼ばれ、名声を高めていきました。

古径の画業に大きな転機が訪れたのは、39歳の時。
同期の前田青邨とともに、官費でヨーロッパ留学することになったのです。
この時、大英博物館に収められていた中国普時代の名画「女史箴図巻」に出会ったことが、古径の後半生を決めました。
山水画の筆圧の変化を用いた豪壮な線ではなく、繊細で糸のような線の価値に気づいたのです。

明治の終わりから大正にかけての日本画は、ぼかした色を重ねてもやっとした雰囲気を表現する朦朧体が流行したように、線より色を重視する傾向がありました。
その流れの中で仕事をしてきた古径にとっては、「女史箴図巻」の流麗な線は新鮮であり革命的に見えたのでしょう。
古径は大英博物館に通ってこの名画をひたすら模写しながら、自分だけの線を追求しはじめました。

後半生の古径の絵画は、ときに伝統的な様式を遵守した古いタイプの絵と見られることがありますが、実はそうではありません。
古径は西洋画などもさかんに勉強し、「実在を掴む」という絵画の本質を自分なりに突き詰めて、線という武器を磨いたのです。
幅広い現代的な研鑽の結果、厳しく古典的に見える画境に到達したのでした。

ひたすら絵に没頭して生きた小林古径は、1957年、74歳でこの世を去りました。

抑制と洗練のきわみ、小林古径が描く「髪」の清楚な線の世界

引用元:amazon.co.jp

小林古径の代表作として誰もがまっさきに挙げるのが「髪」。
姉の髪を梳かす妹を描いた、1931年の作品です。
線、線、とここまで線を強調してきましたが、この絵を見た人の中には、なんだ線が目立つ作品かと思ったら地味な絵だな、淡色で描かれた線にも存在感がないや、と思う人もいるかもしれません。

しかしこれが、古径の考える線の形なのです。古径にとって線とは、目立たず、しかし厳格に絵を制御するものでした。

「線としていゝものは、画面に独立して、飛び離れた存在となつてゐるものではないと思ふ。画面に独立して目立つやうなのは、いゝ線ではないのではあるまいか。」

と、古径は語っています。

半裸で髪を梳かれている左側の姉と、姉の髪を丁寧に梳いている右側の妹の線の違いを、よく見てください。
姉の身体を形作る線、とくに肩のあたりの線は丸みを帯びてやわらかく、ふっくらとしています。女性の肉感的な身体の美しさがよく出ています。
しかし決して放埒な雰囲気にならないよう、要所に直線的なラインが入っているのです。
なぜ、彼女は手を交差させた、やや不自然な姿勢をしているのでしょうか。
よく見ると、右太ももから左手の甲へ、そして下腕に続くラインがまっすぐ繋がっているのがわかります。
このラインが直線的であることで、安らいでいるが弛緩してはいないことを伝えているのです。
それは座った上太もものラインや背中の線も同様で、見た通りに描くことより、彼女の清楚な精神性を描くことを古径は選びました。
古径が写実を重んじながら、決して写実だけの人でなかったことが読み取れます。

一方右の妹のほうは、清純さと折り目正しい献身を表すために、真っ直ぐ伸びる線を姉より多めにしてあります。
彼女の着物の縦縞は、古径が考えに考え選びぬいた柄だろうと思います。
引き締まって控えめで清潔な柄。直線で構成されたこの柄があるからこそ、妹の髪を触る手の柔らかさと優しさが引き立つのです。

派手な色もなく背景もないこの絵は、ミリ単位の線のプランニングで組み立てられた緻密な芸術品。いつまで見ていても見飽きない、奥深い魅力を秘めています。
これが、小林古径の、古径にしか作れない絵の世界なのです。

なにげない静物画が線のオーケストラに…、「三宝柑」

古径は静物画の名手として知られました。たとえば「三宝柑」。
なんということもないように見える絵。ガラスの器に柑橘類が入っているのをそのまま描いただけ。
なのにおそろしく気品があり、見ていて飽きない。それはなぜなのでしょうか。

器全体の外のラインは、十二角形の直線的なライン。対して、器の内側は、ガラスの内縁と果物が作り出す円のラインの集まり。
この対照を完璧に描くことで、ある種の豊かさと清潔さを同時に表現しているからではないでしょうか。
自然の恵みを持つ柔らかいものが、硬質の器にきっちりと収まっている快感。
「髪」がそうだったように、古径の絵は、柔らかい丸みのある線と直線を共存させ対比させることで、気持ちよさを作り出しているのです。

線の持つ力を完全に使いこなせれば、ただの器や果物を描いても絵は力を持つ。古径の静物画は、そのことを実践して見せてくれています。

線の達人として、近代日本画に独自の世界をひらいた小林古径。地味で控えめに見えるのは最初だけ。その絵の世界は、汲めど尽くせぬ魅力にあふれています。

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